ヘアショー演出における類型分析と考察
こんにちは関山です。
5月末から6月アタマにかけて、イベントがたくさんあり、大変バタバタしていました。
ようやく落ち着いてきたので、ブログで今回のヘアショーについて振り返ってみたいと思います。
【ヘアショー演出の既定路線】
5月28日にSOCO/AO/SUN初のヘアショーがありました。
当日の様子については以前ブログで書きましたが、ヘアショー自体初だったので、演出・モデルのキャスティング・映像・音楽など、事前準備がかなり大変でした。
今回の演出はトップレスでのウォーキングなどもあり、賛否両論あるかと思いますが、我々は挑戦者です。
普通のことをやっても意味がありません。
インパクトある戦い方で、印象を残すことが重要。
僕自身、ヘアショーに出演したこともなければ、観に行ったこともあまりないのですが
A.アート然としてあるべき
B.エンターテインメントとしてあるべき
個人的には、この2点がヘアショー演出における業界の既定路線であり雛形だと認識しています。
以下、上記2点についての考察を書いていきます。
【ヘアショー演出類型と問題点】
A.【アート然としてあるべき】
ジオメトリックなカットであるとか、派手なヘアカラーであるとか、衣装がファッションコレクションの「それ風」であるとか。様々な要素があります。
普段見ることのでききないカットラインや衣装を見ることは大変刺激的です。
しかし、そういった狙いが透けて見えるので、一周回って既視感がある。
個人的な感想としては、ヘアショーにおいて「想像の域を超える何か」というのはすでに観られない。
だいたいは想像の範疇に収まります。
同じような現象はヘアコンテストなどでも散見されます。
B.【エンターテインメントとしてあるべき】
「ショー」であるので当然といえば当然です。
ハッピーな感じやキラキラした感じを前面に押し出すこと。
もしくは、ハサミさばきやスピード、動きのダイナミックさで観客を惹きつけること。
ただし「カットする」という行為は手元で起こる変化であり局所的です。
また、髪が切り落とされヘアデザインが変化するスピードはそこまで早くはありません。
状況変化のダイナミックさが伝わりにくいのも事実です。
そういった問題を解消するために、最近はライブカメラでカット中の映像を大きなスクリーンに写し、観客への接点を拡張する演出が流行っているのでしょう。
ざっくりとですが、以上2つの方法がヘアショーの演出類型と問題点であると考えます。
今回、ヘアショーの依頼をいただいてから、youtubeでヘアショー動画を複数観て他社の演出を参考にさせていただきました。
拝見したところ、サロンの属性によって、A.かB.のどちらか、もしくはその両方の演出でショーを構成している。
SOCO/AO/SUNのホームページを見るとわかるかと思いますが、我々の属性としてはA.の類型が世間的な認知でしょう。
我々の属性はA.ですが、色々なサロンさんのショーを映像で見た結果、最近のヘアショーにおいてはB.の「エンターテインメントとしてあるべき」方が「観客に訴求する力が強い」のではないかと感じました。
色々考えた結果、A.をベースにB.のやり方をハックする方法が、我々の戦うべき方向であり、全ての演出は既定路線に対してアンチテーゼとして機能するものを演出することで、他社との差別化を図ることとしました。
以下、その理由ついて具体的に書きたいと思います。
【2つの演出コア】
前述のヘアショーにおける雛形を前提とした上で、我々の演出についてです。
今回の演出には大きく2つのキーポイントがありました。
①トップレスで歩けるモデルをキャスティングする
②ライブカメラを使わず、自前の映像だけで完結させる。
以上2点を選択した理由を述べたいと思います。
【①トップレスで歩けるモデルをキャスティングする】
前提として、トップレス(上半身裸)で歩けるモデルをキャスティングする。という状況自体、ハードルが高い。
静止画ならともかく、ライブのショーです。通常そう簡単に脱いでくれるモデルさんは見つかりません。
今回、スタッフの頑張りもあって、我々の考えに賛同してくれるモデルさんが見つかり、イメージを形にすることができました。
難しい状況を引き受け、我々の目指す世界観を叶えてくださったモデルさん3名には心から感謝いたします。
今の時代、だいたいの情報はインターネットで手に入ります。
女性の裸や、性的に刺激の強いものというのも簡単にネットで閲覧できます。
しかし、ライブとなると別です。
ヘアショーにおいて、多くの観客の前で裸体を晒して歩くという行為は簡単にできるものではない。
そういった状況に心理的特異点が発生します。
我々はアート然とした分野であるからヌードという選択をしたワケではありません。
それではファッション文脈における既定路線と変わらない。
そうではなく、エンタメ視点からヌードという選択をしました。
単純に衝撃を与えたかったのです。
前述したように、刺激の強いコンテンツは概ねネット上で手に入りますので、消費者は通常の刺激には鈍感になっています。
だからyoutuberなどは、どんどん過激な動画を投稿し、炎上し、時に警察沙汰になったりする。
そうしないと再生数を稼げないから。
また、現代では多くのコンテンツが懇切丁寧に噛み砕いて作られており、乱暴な言い方で申し訳ないのですが「バカでもわかる」ように設計されています。
「誰にでもわかるコンテンツ」×「衝撃」がマーケティング視点で強いのです。
僕が類型A.B.で、「B.」の方が現行のヘアショーにおいて訴求力が強そうだと述べたのもそのためです。
その点ヌードは誰にでも直感的にわかるし、ライブでの演出となれば衝撃も強い。
ヌードをアートの文脈に乗せて論じようとすると大変ややこしくなりますが、エンタメであれば容易です。
今回我々は、業界の既定路線に対するアンチテーゼとして演出を行いたいという意向があり、様々な可能性の中からヌードを選択しました。
女性の裸体が美しいのはその通りですが、狙いはその限りではありません。
あくまで観客の情動を動かす手段としてヌードであり、それはアート的文脈ではなく現代のエンタメ的文脈に乗った、猥雑で刺激的なコンテキストの一つだということです。
【②ライブカメラを使わず、全て自前の映像だけで完結させる】
youtubeで複数のヘアショー動画を閲覧したところ、最近のショーではライブカメラでの演出をしていないところはありませんでした。
カット技法などに特化したサロンはカットのディテールを見(魅)せることに意味があるかと思いますが、我々は技術特化のサロンではない。世界観に強みを見出すサロンです。
前述した通り「カットする」という行為は手元で起こる局所的変化であり、髪が切り落とされヘアデザインが変化するスピードはそこまで早くない。単純に「わかりにくい」のです。
「大きな変化を見せることができないのであれば手元のディテールは捨ててしまおう」という判断です。
その分、ショー全体や映像単体の世界観を強調することができる。
こちらも既定路線に対するアンチテーゼであると同時に、我々の強みを引き出す狙いがありました。
【まとめ】
ざっくりですが、今回のショー演出に関する我々の狙いについて書いてみました。
生意気に書き連ねましたが、自分たちの演出が素晴らしいなどとはまったく思っていません。
今回のショーは「我々がヘアショーやるならどういったことができるだろうか?」
というところから始まっているので「他とは違うやり方で」というイメージは構想段階からありました。
方法論としてどのようなやり方でも構わないワケですが、我々は常に自分たちがやることに対して自覚的でありたいと思っています。
それはショーに限らず、マネジメントの方法論でもマーケティングの方法論でも同様です。
アンチテーゼという言葉を使いましたが、別の言い方で定義するなら我々がやったことは「逆張り」です。
逆張りは既定路線とは逆に向かうことなので、リスクも高い。
しかし、上手くいけばその先にブルーオーシャン(経済用語で競合のいない市場のこと)が広がっています。
我々は、経営でも、コンテンツでも、常に「別のやり方」で何かを作りたいと考えています。
反省点は多々ありますが、今回のショーにおいては、自分たちの理想と現実を一つにできたことを大変誇りに思っています。
この記事が今後ヘアショーを構想するサロンさんの参考になれば幸いです。
関山