〇〇についての熱い想い。part3
先日久しぶりに書店に行くと「ブルータス村上春樹特集」なる雑誌が並んでいた。
立ち読みすることもなく、気がついたら買っていた。
僕は人生の師と思うくらいに村上春樹が好きである。
彼の長編は最近出た2作品を除きすべて読んだ(読了していない2作品も買ってはある)
短編もエッセイもかなりの数読んできた。
最近は読書量が減り、本を買う機会も減った。
雑誌となればなおさらで、前回いつ買ったのかすら思い出せない。
でも「村上春樹」というワードだけでジャケ買いである。
今回は、なぜ僕が村上春樹を好きになったのか?彼についての熱い想いを書きたいと思う。
「僕の読書遍歴」
読書が好きか?と問われれば特段好きなわけではない気がする。
でもなぜか20代の頃はむさぼるように本を読んでいた。
何かに熱中していないと気が済まない性格なので、好きだからというより没頭する対象が欲しかったんだと思う。
当時はたまたまそれが読書だった、というだけだ。
過去にビジネス、思想・文学、宇宙科学、分子生物学、金融工学...さまざまなジャンルの本を読んできた。
その中に村上春樹の小説もあった。
自分が村上作品を初めて手に取ったのは20歳の頃。
夏休みに夜行バスで大阪に旅行へ行く予定を立てていて、ヒマな車内で本でも読もうかと図書館へと借りにいった時だ。
当時小説にほとんど興味がなく、読んでいたのはビジネス関連の本か、哲学の本であった。
その時、ふと「小説でも読んでみようか」と思い立った。
旅=小説みたいなイメージがあったのかもしれない。
知っている作家はほとんどいなくて、かろうじて知っていた名前は、村上龍か村上春樹くらいだった。
どちらの村上にしようか迷ったが、なんとなく「春樹」を選び、なんとなく「スプートニクの恋人」を借りた。
大阪行きのバスの中でスプートニクの恋人を読んでみた。
本当になんの感情も湧かなかった。
面白いとも思えなかったし、ちょっとした性描写みたいなのが記憶に残ったくらいだった。
その時は小説というものの面白さが全く理解できなかった。
だが、なぜかその後も小説は継続して読み続けることになる。当時好んで読んでいた思想や哲学の延長として避けて通れなかったからだ。
主に読んでいたのはいわゆる純文学と呼ばれるジャンルで、ヨーロッパの実存主義と言われる作家の作品たち。
サルトル、カミュ、ヘッセ、大江健三郎、ミランクンデラ、ドストエフスキー、トルストイetc...
主にノーベル文学賞を取ってきたような作家を好んで選んだ。
実存主義文学というのは文体も扱う内容もやたらに難しい。
基本的には「人間とはなんたるか」みたいな荘厳なテーマを扱っている。
であるから人間の「実存」なのである。
ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」なんかは1ヶ月くらいかかって読み終えて、おおよそ内容も本質的なこともほとんど理解できずに終わった。トルストイの「アンナ・カレーニナ」も同じようなものだった。
とにかく実存主義文学というのは長くてわかりにくいものが多い。しかし愚直に読み続けた。
読み進めるうち、読むことにも慣れていったし、それなりに理解できるようにもなっていった。
同時に自分の中である程度の尺度というか、自信のようなものもできてきた。
オレは大体の小説を読めるはずだ、と。
その頃になると本屋に行ってもチャラそうな本棚に行くことが恥ずかしくなっていた。
洋楽聴きまくって「J-popダせぇ」とか言い出すアレである。
そんな20代前半を過ごし、いつのまにか24歳くらいになっていた。
おおむね有名どころのヨーロッパ文学を読み終え、久しぶりに日本の小説でも読んでみるか、ということになった。
ここで再び村上春樹である。
当時村上春樹はノーベル文学賞候補としてちらほら名前が上がってきた頃で、そんなにすごい作家なら読んでおくべきだ、と思ったのだろう。
ちょうど最新長編として「海辺のカフカ」が出ていたが、とりあえず一番売れていて有名な「ノルウェイの森」を読むことにした。
読んでみて驚いた。とんでもなく面白いのだ。
儚いメンタルを持つ直子と天真爛漫な緑。
2人のヒロインの両極端な魅力と不可解な謎。
読み終えても謎の答えは提示されないし、うやむやなまま物語は終わる。
内容の面白さもさることながら、文体に驚いた。
それまで読んできたヨーロッパ文学に比べ、あまりに簡素で、明快なのだ。
一つ一つのセンテンスが短く、とても読みやすい。あっという間に読み終えた。
冒頭で述べた「スプートニクの恋人」も読み直してみた。
改めて読むとよくできた小説だと感銘を受けた。しかし20歳の僕にはさっぱりだったわけだ。
当時の僕は幼すぎて、作品の良し悪しを判別するほどの素養がなかったのだろう。
2回目に読んで面白いと感じたのは、その後ヨーロッパ文学を読み込んできて、自分の中で小説に対する「ものさし」みたいなものができてきたんだと思う。
これはあらゆる分野に言えることだ。
比較対象としての「ものさし」ができていないと、作品の良し悪しを峻別することはできない。
美容師にとっての「美しさとは何か?」という命題も同じだろう。
つまりは批評的な視点で物事を俯瞰することができていないから客観的な判断ができない。
そもそもの文化的知見や体力が乏しいのだ。そして、それがセンスや教養のある・なしというやつである。
その後村上春樹の本はほとんど読んだ。
冒頭でも述べたように、長編、短編、エッセイ。そして彼が影響を受けたとされるアメリカ文学。
フィッツジェラルド、ブローティガン、ヴォネガット、サリンジャー、ヘミングウェイ...
アメリカ文学を読むことで全く違う地平が広がっていった。
僕が読んできた作家の作品群を総括するなら、ヨーロッパ文学が人間の内面を知るための文学であり、アメリカ文学は対象から距離を取るための文学と言えるのかもしれない。(自分の浅い読書遍歴の中での見解であり、現在それぞれの文脈がどうなのかはわからないが)
人の内面に潜ること、社会・政治的問題と深く関わること。
人と距離を置くこと、社会となるべく関わらないこと。
そういったものを村上春樹はコミットメント・デタッチメントという言葉で表している。
彼の初期の作品は総じてデタッチメントである。社会と関わらないこと、社会から距離を置くこと。
その後の作品はコミットメントに傾倒していく。
社会と関わること。社会問題の抽象性を独自の文体とメタファーを用いて明らかにしていくこと。
僕はどちらかというと初期の作品が好きである。
人や社会と関わらないこと。乾いた態度で世の中と接すること。
自分の性格的にもこの方がしっくりくる。
インターネット発達以降、時代はどんどん「関わること」に向かっていった。それも、乾きと歪みを伴った関わり方だ。
SNSは半ば強制的に関わりを形成させられるツールである。
人が何を求めていて、何を見たいのか?それらを解析し、求めているものだけがプッシュアップされる。
ロジカル、ファクト、エビデンス。人の欲望はより可視化され、工学的な情報として整理・収斂されていった。
村上春樹はそれを予見していただろうか。
それぞれ時代との距離感の中で、彼の扱うテーマや文体は変わっていった。
しかし、根底に流れる世界観や作家性は変わってないように思う。人工的に作られた造作物には醸し出せない息遣い、ライブ感。丁寧な作り込みの中にどこか人間らしい温かみがあって、それらは文章の端々に独自のリズムとして宿っている。ゆえに読み直すたびに新たな発見がある。
彼の文章には職人的なドラマーがハイハットでビートを刻むように、一音一音正確でありながら、人の心を動かす自然なゆらぎがある。
突き放しているようで、突き放していない。乾いているようで、乾いていない。
あまりに工学的な、商業主義的な近頃のコンテンツやプラットフォームに、このように心を揺さぶる何かがあるだろうか?
「最後に」
おおよそここに書き連ねたことは僕が抱えている村上春樹に対する熱量の一部でしかない。
本当はもっと書きたいことはあるが、あまりに有名な作家であるし、語ること自体陳腐になりやすく難しい。
ヨーロッパ・アメリカ、二つの相対する文学体験は、僕の性格形成に大きな影響を与えた。
熱く人の心にグイグイ踏み込む「自分」の時もあれば、そっけなく、あまり人に関心を持た(て)ない「自分」の時もある。
とにかく、人生に強く影響を与えてきたのはヨーロッパ・アメリカ、両方の文学であり、その折り返し地点に村上春樹がいた。
冒頭で村上春樹を「人生の師」と仰いだが、それは、彼みたいな生き方に憧れていたからだ。
20代はジャズ喫茶を経営し、30初頭で作家になり、30代後半くらいからは海外でずっと暮らしてきた。
おおよそ多くの人とは関わらずに、文壇や権威とされるものから距離を取り、メディアにはほとんど露出せず、創作活動に一生を捧げる人生。
僕にはできなかったが、今でも社会の関わりから外れて、誰も知り合いのいない見知らぬ土地で好き勝手生活してみたいという願望はある。
時おり彼の作品に出てくるような、現実の延長にぽっかり非日常が待ち構えていることを夢想したりする。
現実を受け入れつつ、フィクションとの境目を彷徨ってみる。
空想の中で自分は自分のままでもいられるし、まったく違う自分になることもできる。
夢想することで理想と現実の距離が縮まることはないが、これはこれで文学的な考え方の一つなのだと、己の生き方にそれなりの納得を与えることはできるのかもしれない。
関山